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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)770号 判決

控訴人(被告) Y株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 置田文夫

同 後藤美穂

被控訴人(原告) 株式会社京都銀行

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 松枝述良

同 松枝尚哉

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次に補足するほか、原判決事実の「第二 当事者の主張」における摘示のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の補充主張

控訴人の訴外会社に対する相殺の効力は、被控訴人の訴外会社に対する抵当権に基づく物上代位権に優先すると解すべきである。その理由は、次のとおりである。

1  理論的妥当性

(一) 債権者による差押えと第三債務者の債務者に対する反対債権による相殺について、最高裁判所は「第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権及び受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうる。(最高裁判所昭和四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号五八七頁)と判示しているのであり、相殺に対する期待利益及び相殺の担保的機能の保護という実質面に着目していることを考慮すべきである。

(二) 抵当権は、登記により公示性を認められる。しかし、抵当権の登記によって物上代位権も公示されているとはいいきれない。なぜなら第三債務者は目的物所有者に債務を弁済することができ、そのような「払渡(民法三〇四条一項ただし書)」によって物上代位権行使としての差押えができなくなるのであって、物上代位権も公示され、対抗要件も具備しているとすると、この点の説明がつかないことになる。

(三) 一般債権者と抵当権者による差押えは、いずれも民事執行法一九三条によるものであるから、その間にはなんらの差異はないのであって、第三債務者における二重弁済禁止の危険防止の観点からは、両者を区別する理由はない。

(四) 相殺について公示方法は考えられないものの、相殺がなしうる情況が存在することが公知の事実であれば、公示されているものと同視されるべきである。

本件についてみるに、抵当権者は、一般の店舗賃貸借の慣行に照らし、少なくとも本件賃料債権と保証金返還請求との相殺の可能性を知ることができたというべきであるから、公示されているといえる。

(五) 物上代位は、本来の抵当権の付加的機能であるのに対し、相殺の主目的は、担保的機能にあるのであるから、相殺権のほうが重んじられるべきである。

2  実質的妥当性

(一) 抵当権の物上代位を第三債務者の相殺より優先させるとすれば、賃貸人に資力がなく、賃借人が提供した保証金の返還を受けることができないおそれのある場合においても、賃貸借契約終了時までの賃料を抵当権者に支払わなければならないことになるが、そうすると、相殺による敷金の回収は事実上極めて困難となり、第三債務者に、一方的に多大な不利益を強いることになる。

(二) 賃貸人と第三債務者との賃貸借契約関係は、債権者と債務者(借り主)の関係より、互いの信頼性及び継続性の点において強固であり、相手方は保証金の担保的機能を期待して取引関係に入ったのであるから、その期待権は後者よりも重視されるべきである。

本件においては、控訴人が賃貸人に提供していた保証金の一部の返還が確約されていたにもかかわらず(乙七)、不履行とされたために、保証金返還債務と賃料及び消費税の支払債務とが相殺されることについての合意がなされたのであるから、控訴人の相殺による保証金回収の期待権は、被控訴人の物上代位権に優先して保護されるべきである。

三  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

本件のような相殺合意は、抵当権から生じる物上代位権の行使を妨げようとするものであり、右合意は背信的な行為である。

賃貸借に供される建物は、所有者が賃料収入を得て、それを担保権者への支払いに充てるというのが実情であり、そのような資金の流れを断つ相殺の合意は許されない。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきものと判断する。その理由は、次に補足するほか、原判決の「理由」説示のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の補充主張に対する判断

控訴人の訴外会社に対する相殺の効力は、被控訴人の訴外会社に対する抵当権(本件は、根抵当権であるが、物上代位についての効力は抵当権と同じであるので、以下、根抵当権を含めた抵当権として、説示することとする。)に基づく物上代位権に優先すると解すべきである旨主張する。

しかし、原判決の説示(原判決八頁五行目ないし一二頁四行目)における認定、判断のとおり、抵当権に基づく物上代位は、抵当権の効力から生じるものであり、抵当権設定登記がされていることによって物上代位も公示されているとみることができ、相殺が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に相殺をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべできあり、また、債務者と第三債務者の賃貸借契約が抵当権設定の前になされ、賃貸借が抵当権に対抗することができる場合であればともかく、抵当権設定後に賃貸借契約が締結され、抵当権者に対抗できない本件においては、控訴人が種々述べる理由を考慮に入れても、被控訴人の物上代位に基づく差押えが控訴人による相殺に優先するというべきである。

三  その他、控訴人の主張に徴して、全証拠を改めて精査しても、引用した原判決の認定、判断を左右するほどのものはない。

四  結論

よって、控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は、理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 白井博文 鳥羽耕一)

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